実用的なアドバイス一覧 - iPhone写真をより自然で高画質に仕上げる即実践ヒント
- RAW撮影を週1回はONにしてみる
日常の一コマでもディテールや色味が自然に残るから編集後の満足度が上がる
- 編集時は露出とホワイトバランスを2回ずつ微調整する
少し手間をかけるだけで不自然な色や明るさを抑えられ、リアルな雰囲気に近づく
- ストレージ残量が10%以下ならRAW撮影を一時オフにする
容量不足で大切な瞬間を逃すリスクが減る
- 逆光や暗い場面はProRAWで3枚以上撮る
後で選べる幅が増え、シャドウやハイライトの細部も活かせる
iPhone写真が物足りなく感じる理由を知ろう
iPhoneで写真を撮ることには、正直なところ、そこまで魅力を感じていないんだよね。…なのに自分の「写真」アプリには気付いたら86,000枚以上も保存されていて、さすがに自分でも「えっ」と思う時がある。ま、いいか。けれど、本物っぽさという意味ではやっぱりスマホでの撮影体験って専用カメラと比べたら大きな隔たりがあるような気がしてしまう。そもそも画面に現れるあのデジタルシャッターのボタンを押す動作自体が、どこか腑に落ちないというか、なんとも味気なくてピンと来ないんだ。一瞬の感覚としては、それで写せているはずなのに得体の知れない隙間を感じることもしばしば。
それだけじゃなく、小さい画面で眺めているぶんには割といい感じなんだけど、大きめのノートパソコンなんかで開くと、色合いやコントラストとかシャープネスがやたら主張してきて、「これは……」と思わされることもある。むしろ不自然すぎて戸惑ってしまうんだよね(笑)。何と言えばいいんだろう、その違和感 - どう頑張ってみても拭えない曖昧な微妙さ?そういうものがついてまわる傾向から逃れられずにいる。それにしても、こういうふうにもやっとする感覚、自分ひとりじゃないみたいだけど……まあ、不思議なものだよ。
それだけじゃなく、小さい画面で眺めているぶんには割といい感じなんだけど、大きめのノートパソコンなんかで開くと、色合いやコントラストとかシャープネスがやたら主張してきて、「これは……」と思わされることもある。むしろ不自然すぎて戸惑ってしまうんだよね(笑)。何と言えばいいんだろう、その違和感 - どう頑張ってみても拭えない曖昧な微妙さ?そういうものがついてまわる傾向から逃れられずにいる。それにしても、こういうふうにもやっとする感覚、自分ひとりじゃないみたいだけど……まあ、不思議なものだよ。
AI機能で変わる写真のリアルさとは
去年の暮れあたりだったか、ふとThe New Yorkerを開いてこの記事に目を通していた。タイトルは『How I Fell Back in Love With iPhone Photography』。著者のKyle Chaykaが、「iPhoneの写真は、リアリズムより“鮮明さ”重視だなって気がする」と書いてるんですよね。えーと、印象的だったのは次の一節。
「時には不自然なくらいピントが外れていたり、なんか別の場所にフォーカスが当たっちゃったりすることもあった。それに、いろんな種類のカラーフィルム、それぞれ独特な化学成分によって発色も変わってしまう。でもApple純正カメラは全部を同時にピン留めしてるような感じで、一つ一つの色を強烈に彩度アップさせて画像全体を均等な露出で包み込む......でもね、もし何も強調されてないなら、その中から何を見ればいいんだろう?」 - この部分、多分読者にもひっかかると思う。
自分も感じてるけど、このiPhone写真にまつわる違和感というか問題点って、本質的には「ハイパーリアリズム」っぽい過剰演出なんじゃないかな、と考えてしまうことがあるんですよね。いやもう全部がこれでもか!ってくらいクッキリ映し出されて、そのせいで逆に現実味──むしろリアル以上と言えるほどなのに、不思議とちゃんとした焦点や主題性がぼやけてくる気配。つまり、一個ずつ全パーツ目立たせようとすると結局どれも突出せず、人間味よりデジタル加工丸出しになっちゃって「……え?これ本当に写真?」と妙な疎外感すら残るわけです。ま、いいか。
「時には不自然なくらいピントが外れていたり、なんか別の場所にフォーカスが当たっちゃったりすることもあった。それに、いろんな種類のカラーフィルム、それぞれ独特な化学成分によって発色も変わってしまう。でもApple純正カメラは全部を同時にピン留めしてるような感じで、一つ一つの色を強烈に彩度アップさせて画像全体を均等な露出で包み込む......でもね、もし何も強調されてないなら、その中から何を見ればいいんだろう?」 - この部分、多分読者にもひっかかると思う。
自分も感じてるけど、このiPhone写真にまつわる違和感というか問題点って、本質的には「ハイパーリアリズム」っぽい過剰演出なんじゃないかな、と考えてしまうことがあるんですよね。いやもう全部がこれでもか!ってくらいクッキリ映し出されて、そのせいで逆に現実味──むしろリアル以上と言えるほどなのに、不思議とちゃんとした焦点や主題性がぼやけてくる気配。つまり、一個ずつ全パーツ目立たせようとすると結局どれも突出せず、人間味よりデジタル加工丸出しになっちゃって「……え?これ本当に写真?」と妙な疎外感すら残るわけです。ま、いいか。

コンピュテーショナルフォトとiPhone画質の違いを探す
この現象、AIコンピュテーショナルフォトグラフィが絡んでる…まあ、そう考えるのが妥当かな。正直なところさ、iPhoneはレンズもセンサーも小っちゃいから、その弱点を埋めるために色んな手段を凝らしてくるんだよね。一枚のシーンに対して何枚ものフレームを連写して、それを複雑なアルゴリズムでうまく重ねて――そのおかげで細部とか発色の精度を最大限まで持ってこうとしてるわけ。これ、個人的にはなるほどなぁと思う反面、iPhoneで撮った写真って専用カメラの画像よりやたら存在感が際立つことも少なくない。いや本当に。 それと…日々の記録用途でもiPhone使う場面、多すぎじゃない?思い出云々以外にもさ、電車の切符だったりコンビニの商品だったり、妙ちきりんな猫ちゃんの決定的瞬間(あれ絶対逃したくない)だったりと、まぁ様々だし、「鮮明であるべし!」みたいな要望も理屈っぽく筋が通ってる感じするんだよ。例としてだけど、切符とかパシャッて撮った時は隅々まで数字や文字が読み取りやすかったらいいじゃん。そこ大事。でもね、本格的に“写真”やろうと思ってiPhone頼みになると――どういうわけか、その絵がシャープ過剰というか、人為的に作り込まれて妙に軽薄というか……微妙なんだ。そのへん不満になっちゃう人も居そう。えっと、それもあって数年前くらい前かな、自分Halideアプリ買った覚えがある。以来ずっとRAW形式にハマって撮影してたりする(割と満足)。
HalideやRAW撮影がもたらす影響を体感しよう
結局としては、なんとなく使い勝手を優先してJPEGモードに戻ってしまったんだけど……。うーん、それが楽でね。でも、_The New Yorker_のあの記事を読んだとき、またHalideでRAW撮影試してみたい気分が再燃したんだよね。不意にそんな衝動が湧いたからには、パリの道をぶらぶら歩いて、ちょっとでも目についたもの全部をついカメラで捉えてしまった(変な癖だ)。あの記事の執筆者も書いてたっけ、多くの影が存在すると。本当に、そこかしこに暗部や微妙な光の層がある街だった。
ちなみに僕の撮った写真は全部ワンショットのみ。AI補正とか複数画像合成みたいなのは一切やってない。だから――というか、この仕様上どうしてもカメラ側は一ヶ所だけしか露出計測できなくてさ、まあ仕方ないかなあと思いつつも。えっと、自分の場合このアプリってハイライト基準で露出合わせちゃいがちなんだよね。だから画全体がほんの少しアンダーめ(いや、本当真っ暗とまでは言わないけど)になりやすいという感覚もある。でもそれも含めて最近流行りらしい高コントラストな雰囲気になっちゃうわけで。この感じ…実際に自分のiPhone写真フォルダ見返すと明るさ優先的な普通っぽい画像ばかりだったから、逆に今はすごく新鮮に思えてる。不思議な対比だよなあ。ま、いいか。
ちなみに僕の撮った写真は全部ワンショットのみ。AI補正とか複数画像合成みたいなのは一切やってない。だから――というか、この仕様上どうしてもカメラ側は一ヶ所だけしか露出計測できなくてさ、まあ仕方ないかなあと思いつつも。えっと、自分の場合このアプリってハイライト基準で露出合わせちゃいがちなんだよね。だから画全体がほんの少しアンダーめ(いや、本当真っ暗とまでは言わないけど)になりやすいという感覚もある。でもそれも含めて最近流行りらしい高コントラストな雰囲気になっちゃうわけで。この感じ…実際に自分のiPhone写真フォルダ見返すと明るさ優先的な普通っぽい画像ばかりだったから、逆に今はすごく新鮮に思えてる。不思議な対比だよなあ。ま、いいか。

RAW現像で仕上げる時に意識することは何か
いや、別に全ての画像が同じ調子で描かれているわけじゃないんだよね。正直、ものによっては色味のバランスがちょっと良くて「おや、これは馴染みやすいな」と感じることも普通にあるし、反対にハイライトだけやたら主張してきて微妙…と首をかしげるケースも少なくない。そうこう言っておいて何なんだけど、結局どの画像にも例外なく手が加えられてるという点は忘れちゃいけないかな、と。この現実については、本当に改めて念押ししたい気分。(うーん、当たり前っちゃ当たり前かもしれないけどさ。)
自然な写真表現って本当に可能?編集による差を学ぶ
RAWで写真を撮るとね、たいていはそのままの状態じゃあまり映えない。正直、そこがやっかいなんだけどさ… 結局あとから画像編集しなきゃ見れたもんじゃないことが多い気がする。最初の段階では、とにかくハイライトは少し白飛び気味だし、シャドウ部分もガッツリ沈んで暗い。ちょっと面倒だけど何回か細かく調整すれば、不思議なくらい見やすくなる—これ意外だったよ。
パルク・モンソーで撮った写真でも同じだった。本来はコントラストが極端で、黒つぶれした箇所とギラギラした明るさが混在していた。そのままだと雰囲気台無しって感じ。それでも、その朝は驚くほど柔らかな強烈な光が差してて、「まあ再現したいよな……」とか自問しつつ、普段よりハイライト寄りに設定を上げたんだ。うーん、結果的にはクセのある印象になった。でも「無難」で終わるより、このほうが断然いいかなと思ってる、自分としては。
ただ一つ引っかかったのはさ、「Process Zero」でただシャッター切れば勝手に“自然”になる、みたいな前提?これは安直過ぎるだろうと疑ってしまうわけで。実際にはぜんぜんそんなことないです。RAWデータって、大体どこか“未完成”という感触残ってるから……結局Lightroomとか他のツール使って最後まで追い込む工程は省けない、と改めて感じた。その意味でも、“自然”という言葉自体も決定的ではないし、自分自身の目線とか意図によって練り上げられていくものなのかな、と考えてしまうね。ま、いいか。
パルク・モンソーで撮った写真でも同じだった。本来はコントラストが極端で、黒つぶれした箇所とギラギラした明るさが混在していた。そのままだと雰囲気台無しって感じ。それでも、その朝は驚くほど柔らかな強烈な光が差してて、「まあ再現したいよな……」とか自問しつつ、普段よりハイライト寄りに設定を上げたんだ。うーん、結果的にはクセのある印象になった。でも「無難」で終わるより、このほうが断然いいかなと思ってる、自分としては。
ただ一つ引っかかったのはさ、「Process Zero」でただシャッター切れば勝手に“自然”になる、みたいな前提?これは安直過ぎるだろうと疑ってしまうわけで。実際にはぜんぜんそんなことないです。RAWデータって、大体どこか“未完成”という感触残ってるから……結局Lightroomとか他のツール使って最後まで追い込む工程は省けない、と改めて感じた。その意味でも、“自然”という言葉自体も決定的ではないし、自分自身の目線とか意図によって練り上げられていくものなのかな、と考えてしまうね。ま、いいか。

カメラアプリ別・見え方の変化を試してみる
正直なところ、やろうと思えば画像も気軽にレタッチできるし、なんなら普通のカメラアプリで撮ったみたいに見せかけることも全然無理じゃない。でもRAWだとJPEGより圧倒的に編集自由度が高くて、あれこれ好き放題いじれる。…とはいえさ、違う方法でレタッチしてみたら、それが本当に「iPhone look」以上に自然かどうかって言われると……ちょっと自信持てない部分もあるんだよね。結局のところ、写真をどう見せたいのか、そのイメージについてはどのみち色んな決断を自分でするしかなくなる。大きく違う点を挙げるならば、「Process Zero」の場合、大半の調整を自分の判断だけでやれてしまうというくらい。
それから、このSlowdiveライブの一枚――この画像だけど、一見すごく加工されてるようにも感じる人がいるかもしれない。まあ実際モノクロ化したから余計そう映るだけで、その「白黒ルック」以外には他と変わった手間なんて別に加えていない。他の写真と同じくProcess Zeroで撮ったものなのにね。たまたま照明状況が極端だったり、高ISO設定になっていたとか、元々色味がかなり特殊だったんだ(これ案外よくある)。そこで何となく雰囲気重視して白黒仕上げを選んでみただけ。「あー過剰加工って話すると止まらなくなるな」と思いつつ…。
…でも面白い話でさ、昔使ってたスマートフォンが不意打ちみたいに最新機種以上の美しい写真残してくれる時も、ごく稀にあったりする。不思議だね。本当。ま、いいか。
それから、このSlowdiveライブの一枚――この画像だけど、一見すごく加工されてるようにも感じる人がいるかもしれない。まあ実際モノクロ化したから余計そう映るだけで、その「白黒ルック」以外には他と変わった手間なんて別に加えていない。他の写真と同じくProcess Zeroで撮ったものなのにね。たまたま照明状況が極端だったり、高ISO設定になっていたとか、元々色味がかなり特殊だったんだ(これ案外よくある)。そこで何となく雰囲気重視して白黒仕上げを選んでみただけ。「あー過剰加工って話すると止まらなくなるな」と思いつつ…。
…でも面白い話でさ、昔使ってたスマートフォンが不意打ちみたいに最新機種以上の美しい写真残してくれる時も、ごく稀にあったりする。不思議だね。本当。ま、いいか。
古いiPhoneでも美しいRAW写真を引き出せる方法
レンズ自体の性能はいまいちで、たぶんセンサーだって小型なんだよね。でもさ、不思議とRAWで撮った画像のほうがずっと美しく見えてくる。なぜかな、と考えてみると、新しいiPhoneの場合、RAW画像にもごっそりプロセッシングが入り込んでて、それが古い機種ではあまり無かった――そんな気がしてしょうがない。いや、確かにね?この手の写真は元からすごく暗めだったし、明るさを後から編集ソフトで持ち上げざるを得なかったけど、その補正を経ても意外と自然な雰囲気に落ち着いた感触なんだ…。そこまで極端に色味をいじったわけじゃなくて、一部だけ彩度や鮮やかさを足したくらい。しかも、それぞれのショットにつきアプリ側が決定したホワイトバランスはできるだけ崩さないことにこだわった。そのせいかマレーシアの市場で切り取った数枚には、普通のiPhoneカメラではまず再現できそうもない…なんというか、“幻”っぽい気配すら漂っている。本当に不思議。全体的にシャープネスが抑えめだから余計そう感じるんだろうねぇ。あとはハイライトもやや飛び勝ちな部分はあるけれど、自分としてはまあ、それほど大袈裟に気になるほどじゃない。むしろ一番印象強かったのは、濃厚な影と影との隙間から時折射し込む淡い緑色の光――なんか妙に記憶に残ってしまった、っていう…。ま、いいか。

雰囲気重視ならどんな被写体・光が最適なのか考えよう
標準のカメラアプリを使うと、全体的に明るくてまるでカートゥーンっぽく見えてしまうことが多いんだけどさ、Halide Process Zeroを通すとなぜか黒い影がぐっと濃くなって、そのおかげで空気感やら妙な重みまで写真に生まれてきたりする。不思議だよね。全部がビシッとクリアに写るわけじゃなくて、一部だけやたらクッキリ見える場所に自然と視線が引っ張られる感じもあるし、それって案外クセになると言えそう。 ああ、それから忘れちゃならないのがレンズフレア。これね、太陽方向へ無理やり構えた時だけ出てきて、「ちゃんと現実撮ったぞ」って主張している…ような気分にもさせる。デフォルトのカメラアプリだとこうしたフレアはほぼ消されちゃうものなのに、Halide Process Zeroはむしろ積極的にそれを楽しんでいる感じもするし。「じゃあ、このアプリ自体どう思う?」…なんて考えたりもするけど、とりあえず最初からロック画面にいた既存アプリよりかは確実にはっきり進化を感じ取れる部分が多いなと思った。画像加工の手加減加減というか余計な脚色が少ないぶん、撮ったままのリアルさみたいなのも残ってるし - ま、いいか。
手間とクオリティ、日常撮影はどちらを選ぶべきか
正直なところさ、技術面での画質とかはさておき - まああえて言うなら - こうした写真って、一見するとDSLRやミラーレス機でRAW撮影されたものと劇的に違って見えるわけでもないんだよね。ふと思い返してみると、ただしRAW撮影の場合はどうやったって多少は編集作業が避けられないし、そのままだと見栄えもちょっとアレなので最終的にはある程度ちゃんと仕上げる羽目になる、というのが現実だったりする。これ、手間かかるから地味につらいんだ。だからかな、多くの人はサッと使えるスマホの標準カメラで撮って、見た目よりもむしろ素早さとか気軽さを重視してしまうことが結構多かったりするんじゃない? 一方で、もし本当に「自分だけの表現」とか明確に芸術寄りな方向を目指したい時には……やっぱりRAW形式に頼るしかないのかな、とか思ったりもするわけです。ま、いいか。