これ、たぶん一番デカい誤解なんだけど。
「疲れてる=休めば戻る」って思い込み、わりと外す。戻らない日がある。寝ても。週末でも。体じゃなくて、報酬系と注意系が擦り切れてるやつ。
疲れの正体は「怠け」じゃなくて、ドーパミン基準値のズレ
慢性的な「全部だるい」は、ドーパミンのベースライン低下と刺激過多が絡んだ脳の適応反応として説明できる。スクロールや間食の即時報酬が続くと、通常の活動が退屈に感じやすくなる。
朝から重い:起きた瞬間にもう疲れてるやつ。昼寝で解決する疲れじゃない。タスクが山に見える。洗濯物が敵に見える。未返信が壁みたいに立ってる。
動ける日もある。あるけど自動運転。
笑う。うなずく。「大丈夫」。言う。
聞こえてない感じ。自分の声だけが遠い。たぶんわかるでしょ、あの空洞。
ここで言葉を雑にすると:脳が省エネに走ってる。しかも「一番ラクに報酬が出る蛇口」がスマホに直結してる。そりゃ勝てない。
ドーパミンって、快感そのものじゃなくて「やれ、取りに行け」って背中押す信号。報酬予測のエンジン。狩りとか問題解決とか、努力のあとに出る設計だったやつ。
今は努力が要らない報酬が多すぎる。通知。いいね。次の動画。ポテチ。自動再生。脳は区別しない。報酬として処理する。終わり。
で、繰り返すと基準値が下がる。普通のことが薄味になる。読書が無味。散歩が虚無。人と話すのも「情報量が足りない」みたいな変な感覚。
Stanford の精神科医 Anna Lembke(『Dopamine Nation』)が言う「高ドーパミン刺激へのアクセスが前例なく増えた」って話、体感と一致しすぎてて笑えない。
笑えない。ほんとに。
刺激過多は前頭前野を削る。集中できないのは仕様
刺激過多(stimulation overload)は、通知・広告・動画・マルチタスクが脳のフィルタリング負荷を上げ、前頭前野の意思決定と抑制機能を疲弊させる状態だ。結果として注意散漫、決断疲れ、イライラが出やすくなる。
朝イチの儀式:目が開く。手がスマホを探す。足はまだ床に付いてないのに、情報だけ浴びる。7時前に脳がノイズで満員。
カフェもBGM。コンビニも音。電車も通知。グルチャは寝ない。タブは増える。増えるのに、やった気になるだけで終わる。
Daniel Levitin(『The Organized Mind』)が言うタスクスイッチのコスト。あれ。切り替えのたびに燃える。注意が削れる。決断が鈍る。
症状っぽく見えるやつ:
- 静かだと落ち着かない。逆に不安
- アプリを飛び回る。完了がない
- 1つのことが長く続かない
- オフにするとイライラする
- 疲れてるのに妙に冴えてる。眠れない
これ、意志の弱さ扱いされがち。現場だとだいたい自責に流れる。最悪の流れ。
注意残渣(attention residue)も絡む。前の刺激が頭に残る。目の前の会話に半分しか入れない。読書しても文字が滑る。いるのに、いない。
ここで変な逆転が起きる。しんどいほど、もっと刺激を取りに行く。スクロール。マルチタスク。追加の動画。
静けさが怖いから。
まあ、慣れたよね。慣れちゃったのが問題なんだけど。
「普通」が嘘っぽい。日本の生活設計が燃料を足してる
日本の「忙しさが美徳」という文化圧と即レス習慣は、過覚醒と慢性疲労を常態化させやすい。残業・通勤・常時通知の組み合わせは、回復の窓を物理的に削る。
制度とか空気の話:労基法だの36協定だの、ルールはある。あるけど、現実は「みんなやってる」で押し切られる局面が残る。学校も部活も似た構造がある。
あと、湿度。地味に効く。
梅雨〜夏の「寝ても回復しない」感。体温調節が雑に崩れて、睡眠の質が落ちる。エアコンで喉やられて、夜中に起きる。で、朝から脳が不機嫌。あるある。
通路の話もある:悩みの共有はXや匿名掲示板に流れる。気持ちはわかる。速いから。でも速い場所は速い刺激が返ってくる。落ち着くどころか、また報酬ループが回る。
医療に繋ぐなら、自治体の相談窓口とか、心療内科・精神科の初診予約の現実とか、その辺の「詰まり」もある。ここ、きれいごとで済まない。予約が取れない問題ね。
免責だけ置く:この記事は医療の代替じゃない。希死念慮、強い不眠、日常が崩壊してる感覚があるなら、専門家に繋いでほしい。これはガチで。
「怠けてる」の一言で片付けると、脳の適応反応を人格の問題に誤変換する。
リセットは「休む」じゃ足りない。配線を変える作業
回復には睡眠だけでなく、刺激の総量を減らし報酬系を再学習させる行動設計が必要だ。極端な断食ではなく、スクリーン時間の分割と自然刺激(光・運動・会話)を増やすのが現実的に効く。
ドーパミン断食:言葉が独り歩きしてるけど、やることは単純。高刺激の連続を止める。完全禁欲じゃない。分割。
1〜2時間だけ、スマホを別室。通知オフ。音もなし。できれば外。最初は不快。普通。不快が「渇き」だから。
で、ちょっと戻る。
ここ、宗教じゃなくて実装の話。Cameron Sepah が広めた行動設計としての「dopamine fasting」も、その路線。
Huberman 系の鉄板:朝の太陽光10〜15分。Stanford の Andrew Huberman がずっと言ってるやつ。体内時計を整える。睡眠の質が上がる。気分がマシになる。派手さはない。
派手さがないのが、いい。
運動:筋トレである必要はない。散歩でいい。できれば一定のリズム。心拍がちょい上がる程度。自然ドーパミンが「過剰じゃない形」で戻る。
会話:テキストじゃなくて声。対面が理想。オキシトシンがどうこう、理屈もあるけど、体感が先。人の声はノイズを減らす側に働くことがある。
意図的な退屈:窓を見る。5分。何も入れない。これが今の時代だとスキル扱い。笑う。
笑うけど、効く。
これ、気分論でやると負ける。だから計算する。ざっくりでいい。生活はざっくりで回る。
- 低コスト×低時間:通知オフ(0円/1分)、ホーム画面からSNS外す(0円/5分)
- 低コスト×中時間:朝の散歩10分(0円/10分)、夜の自動再生を切る(0円/2分+節約)
- 中コスト×低時間:耳栓・アイマスク(数千円/即日)、ブルーライト控えめの照明(数千〜1万円/設置30分)
- 中コスト×中時間:ジム(月数千〜1万円/移動含め60分)、カウンセリング(保険外だと1回数千〜1万円台/移動含め90分)
- 高コスト×高時間:引っ越しで環境を変える、働き方の大改造(効くことはある。けど最後の手)
低コスト枠だけでも、回復の土台は作れる。ここ、意外と盲点。
「休む」だけだと、次の刺激でまた同じループに戻る。環境と習慣の配線を触らないと残る。
喜びは派手じゃない。戻るときも静か
回復した喜びは通知の興奮ではなく、読書や散歩が「退屈じゃない」に戻る形で現れる。達成感は小さくても持続し、自己嫌悪の頻度が下がる。
ここで誤解がまた出る:「ドカンと元気になる」みたいな回復、期待すると折れる。戻るときは静か。じわじわ。朝の頭の霧が少し薄い、とか。
あと、罪悪感が減る。休むことへの。返信遅れへの。遅れても死なないって感覚が戻る。
で、また一個だけ終わる。洗濯物一山。メール一通。短い散歩。
それで十分な日がある。
ツールの話も置いとく:スクリーンタイム(iOS)とかデジタルウェルビーイング(Android)で、使用時間の見える化はできる。数字で殴るタイプの人には効く。
逆に数字で病むタイプは、見ないほうがいい。そういうのもある。
で、聞きたい:今の「疲れ」って、睡眠で戻るやつ? それとも、何しても薄い感じのやつ?
スマホの通知、何個オンになってる?
朝、最初に触るの、画面? それとも水?
