25年目のComic Sans:愛される理由と日本語圏での受け入れ方

Comic Sansの25年:愛される理由と嫌われる理由

コミックサンズ、たしかにもう二十年以上も前に生まれたフォントなんだよね。で、ネットのどこかでは…いや、いや待って、一回SNSの話を思い出すと混乱してくるけど、とにかく立ち位置が妙に複雑らしい。カナダで記念コインになった時、その理由が「遊び心」と曖昧な説明だった気もするし、それ自体がなんとなく腑に落ちない感じ。あ、そういえば昔友人とこの話した時「え?まだ使う?」って半笑いされたな。

実際問題としてフォント好きの間では、わりと微妙な扱いなのかなぁと思ったりするんだけど、数年前SNSで聞いてみた時は反応バラバラだったんだよね。例えば、「コーヒー飲んでないの?」みたいな返事とか、「ブロックします」なんてきつめのコメントも交じるという謎現象。でも逆方向には毎回見る度笑えるって人や、一人きりになるとそっと使いたくなる的な声もそれなりによく見かけたりして…。あれ、本当はどっち派が多いんだろう?

黄色地に白抜き文字とかさ――これ突然脇道だけど、小学校の廊下のお知らせポスターとかにも合うという意見もちょこちょこ出ていた気がする。でも全体的には大多数が避けたい空気感をまとわせている雰囲気……まあ実はそうでもなくて冗談交じりにも使われたり、本気なのか判断できず戸惑う場面もちょっと目につく印象。ま、ときどき私自身も何となく擁護したかったような記憶あるから、不思議だよね。

こう考えてみると、このフォントそのものが“空気読めない”キャラクターとして語られていること、多かったような残像だけ頭に残っていて…。ああ、やっぱ変わった存在感持つやつなんじゃないかなと思いつつ、この辺で筆置こうかな。

本段の参照元: https://www.danielfiene.com/archive/2019/11/25/warum-comic-sans-besser-als-ihr-ruf-ist/

日本語圏でのComic Sansの受け入れ難さ

コミックサンズって、広告や教育の現場で見かけることも時々あるんだけど――あ、そういえば昔コンビニのポップにも使われてたっけ……でもね、グラフィックデザイナーの間では「商業デザイン分野だとあまり歓迎されない」って話がよく出る。まあ、なんでかというと特に公共性の高い書類とか、ブランドイメージをめちゃくちゃ大事にするような案件だと、「信頼感を損なう可能性がある」と言われて候補から外される場合も実際多いみたいなのよ。変な話だけど、たまに「本当にこれでいいの?」って自問しちゃう。でも、それとは逆に、小学生向け掲示物だったり家庭用プリントだったり、とにかく親しみやすさが求められているシチュエーションでは、この丸っこくて柔らかな雰囲気がかなり重宝されていたりする。ふう……ま、用途次第ってことなのかね。同じフォントでも場所によって評価は全然違うし、それぞれ現場ごとの期待とか空気づくりへの影響も異なる――いや、本当に千差万別。結局選ぶときには、その場の「空気」をどう読むかが肝心になるっぽいんだよね。難しいものだなぁ…。

日本語圏でのComic Sansの受け入れ難さ

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